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The Origin Of Def Fect  ~Side Stroy(2)下克上~

栃木県ダンス連盟Def Fect

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jinbee-essays-in-idleness.hatenablog.com

 

 

 

The Origin Of Def Fect ~Side Stroy 下克上~

"下克上 意味:下の者が上の者に打ち勝って権力を手中にすること ”

 年功序列が大切にされる日本において、この言葉を聞く機会は少ないかもしれない。しかし、”闘争”の場において、それは常々繰り返され、下位の者が上位へ噛みつく瞬間こそ、人間の本質であると自分は考えている。
 ”番狂わせ”が起きるからこそ、人は”挑戦”し続けることを大切にし、そして、自らの研鑽をかかすことが出来ない。

 しかし、それが起こした時、人は何を感じるのだろうか?

 

 

 

1 人生は出会いが全て。出会った人を喜ばせることから、道は開ける

 今までの記事内容で察した方は多いと思うが、自分自身と宇都宮大学doocle、国際医療福祉大学I.D.Cの結びつきは強い。交流の密度というよりもどちらかと言えば、指導した回数が多いからである。

 では、白鴎大学EXAとはどうなのか?

 正直な話をするとMを含め、白鴎大学EXAに対してはMから続く戦友のような感覚が強く、後輩たちに対しても、そういった雰囲気を感じていたのが本音である。話をしたり、一緒に酒を飲む機会もあったが、なにか少し違った雰囲気を感じていた。

 

 EXAの後輩たちはとても純粋だ。
 それは現在も受け継がれている部分だと思う。許容範囲が広い、心が広いというべか…自分の良いと思ったことに対して貪欲で、そこに打算をいれずに物怖じせずに話をしてくる。だからこそ、様々な改革や技術を取り入れることが出来たのだと思う。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2011年。先の記事に書いたYがDef Fectの連盟長に就任し、初代の執行部から受け継いだものをさらに一歩進める年代となっていた。この年のサークル入部者数は多く、各サークルがより一層躍進するような気配があった。

 そんな中、様々な大学や企画に参加していた自分に「EXAに有望な奴が入った!」という話を耳に挟んだ。話の出元はMである。

 「柔道出身の奴なんですが、面白い奴なんで、話をして見て下さい!」

 余談ではあるが、ダンサーの体格が大型化している近年である。入学当時は自分も体格が良いほうだと思っていたが、入ってくる新入生たちは、自分よりも身体が大きいことが多くなっていた。

 (柔道経験者?それも結構強い…それならば)

 話を聞いた感じでは、自分の中で巨漢の強面な大男がイメージされていた。

 

 EXAでイベントがあり、遊びに行ってみると…すぐにMがかけてくれた。

「こいつですよ。前に話をしていたの(^ω^)」

 そこには自分がイメージしたような大男ではなく、真面目そうな青年がちょこんと立っていた。

「"たま”って言います。よろしくお願いします!」

 思っていたより元気に礼儀正しく挨拶を返されたので、驚いた。*1

 

 柔道をしているせいか、とても礼節のある人物だった。
 初対面から目を見て話せる人間は少ない。それが出来る人間なののだと思った。

 それがEXAの”たま”との出会いだった。

 

 

 

2 純粋な心を持っているか?それは、目の輝きと朝食のメニューで分かる。

 ”たま”はEXAのPOPPINについて学びつつも、広く様々なものを取り入れることの出来る人物であったと感じている。また、同世代にも恵まれ、彼は交流を増やしていった。

 

 悪い意味ではないが、先輩が後輩の話を話すと大抵はある程度の謙遜と否定が入る。
「あいつは一生懸命やっているが…☆●◇」
 これは非常に日本的な儀式かもしれないが、学生の自分たちにとっても同様に行われていた。

 しかしながら、”たま”の話が出た時には、そういった謙遜が起きず、先輩方は皆、「あいつは頑張っている」と褒めていた。しっかりとそれ相応に認められている部分があったのだろう。

 

 彼は貪欲に様々なモノを受け入れ、そして、研鑽を積んだ。その道のりは大変なものであったと思うが、彼なりに一生懸命だった。同世代もまた彼を意識していた。それは技術的な話ではなく、どちらかと言えば、彼の心意気に惹かれる何かがあったからだと僕自身は考えている。

 

 その当時、彼が次期のDef Fect連盟長ではないか?と考えていたほどだ。同年代を牽引し、自らも歩みを進めようとする姿は素晴らしいものだった。

 

 

 

3 闘争は終わり無き。人の気持ちも終わり無き。

 2012年。2年生となった彼らを含め、Def Fect全体が浮足立っていた。「栃木vs群馬」というイベントが完全に定着し、それが新年度のスタート時から、イベントを見据えた練習が行われていたためである。

 イベントが始まり、早3年目。栃木メンバーを選抜する予選会も開催されることになり、より一層ライバル意識が高まっていった。ダンス部におけるレギュラーという考え方は栃木には存在していなかったが、予選会の開催によって、幸か不幸か落選する人、そして、選抜され闘うことの出来る人間が分かれることになったのだった。

 特にPOPPINはこの3年間。ジャンル別バトルでは無敗であり、自分たちも誇りを持っていた。先輩方は当たり前にしろ、後輩たちがその選抜枠を目指してもいいのだ。有力視されるのは4年生となるが、その上級生にすら噛みつくことを後輩たちは意識したていた。

 

 ”代表選抜会”が迫る中で自分で出来ることは、後輩たちを煽ることと色々なことを教えることだった。”煽る”というのは言葉的にそんなにいい言葉ではないかもしれない。ただ、初めて開催される選抜会のため、気の張っている子たちも多い。そんな悩みややる気を引き出すために話を聞いて回ることがとても大切に思えた。

 「4年生であっても選抜から落選する」

 この年のイベントが最後になる4年生にとって、身内同士の争いは気の抜けないものであったと思うし、何よりも彼らのプライドが落選させることを納得しないだろう。それは前評判から注目される実力者たちもそうであった。「順当にいけば…」そう考える者も多い。しかしながら、実力を発揮するために日々練習を重ねる者たちばかりだった。

 

 下級生にとって、この選抜会はある意味自分自身と向き合う機会であったと思う。自分が想像以上に牙のある人間だということを知る機会だ。出るからには、選ばれたいし、上級生に勝ちたい。しかし、”勝つために何が必要なのか?”

 自分の苦手とする部分。そして、気持ちと向き合う機会。そして、当日にはお世話になってきた先輩たちに全力で闘いを挑まねばならない。「栃木vs群馬」が開催されてから3年。このような空気になったのは初めてのことだったし、表立った殺気を大学生たちが纏ったことも初めてのことだったのかもしれない。

 

 ”たま”たち2年生たちは、そんな空気の中で、平静を装いつつも、身体の内から燃え上がっているものばかりだった。

 

 doocleの2年生に話を聞いてみれば、「選抜されたい。しかし、同年代に負けるのも嫌だ」と言っていた。選ばれることがあれば、その時点で同年代のトップである。そして、先輩たちからも一目置かれる存在となる。欲張りに見える感情かもしれないが、この闘争の中では、正義であった。ちなみに当時の2年生のPOPPERに話を聞いた所、3人が「たまには絶対に負けたくない!」と語っていたことを覚えている。

 

 僕自身はバトルDJとして、この選抜会に参加していた。
 全員の気持ちを知るものであったが、容赦はせずに選挙することを決めた。得意・不得意も全員知っている。しかし、皆平等に、そして、最高に踊れる選挙をすることを願い、パソコンをいじっていたことを覚えている。

 

 執行部となっている3年生たちは、運営に忙しさがあったが、己の代のイベントである。”4年生”が優勢かもしれない。そうであっても、ここで倒せなければ次はないかもしれない…どの学年よりも盛り上がっていたのかもしれない。

 

 たまに話を聞いた時、

「今日は勝ちたいですけれど、全力でやるだけです!」

 とても謙虚にそう言い放った。緊張は見られず、どこまで自分の力が通用するのか楽しみにしているようだった。

 

 この当時の本音であるが…2年生たちには選抜の可能性があっても、10%に満たないほどの確率だと考えていた。POPPINは層が厚く、その上、経験値が足りない。絶対ではないが、選抜に選ばれるためには…自分の可能性を信じるしかないと感じていた。

 

 様々な思惑の中…ついに選考会が開始されたのだった…

 

 

3 自分で踏み出すのか?風に身を任せるのか?

 選考会は、思っていた以上にピリピリとした雰囲気で始まっていた。
 開始前のアップ段階から笑顔よりも張り詰めた顔の方が多い。笑顔で「やぁ」と挨拶しあっても、目は笑っていない。全員が選ばれることを願っている。

 闘争心を高めるために目を閉じ、音楽を聞く者。バトル練習をして、既に闘いのモードに入っている者。鏡の前に立ち、自分のダンスを確認する者…それぞれが自分のやり方で気持ちを高めていた。

 

 選考会はLOCKINから開始された。

 アクティングを大切にするLOCKINが笑顔がない。表情は真剣そのもの。選考会は対面式で2人ずつ踊り、ジャッジ3人の総得点の高いものが選抜される。ジャッジのアイディアで勝敗もつけることになったのだから、より普段のダンスバトルのような雰囲気が出やすくなっていたように思える。

 選抜会自体の空気が初めてなのだ。そんな中で全員が空気を創りながらの対戦が続いていた。

 

 POPPINの選考となった。
 トップバッターは当時の3年生同士である。同じサークルの執行部同士が顔を合わせたのだった。どちらも選抜に選ばれるような実力者たちだ。

 曲をかける前に観客を見回すと、後輩たちは不安のような…真剣なような顔で先輩たちを見ていた。初回のバトル、これが選考の基準になり得る。そう考えたからこそ、こういった感情が表に出るのだろう。

 

 先行を取ったのは、doocleの”まさ”。選抜が濃厚とされる実力者である。自信もあるのだろう。落ち着いて自分のダンスをする。このピリピリとした空気を切り裂くような個の感性である。

 初回のバトルが終わった時に彼は…ゆっくりと観客席を見た。
 結果が当然であるように…

 

 2年生たちの意気込みは素晴らしいものであったが、バトルでのダンスは散々なものであったと記憶している。気持ちが空回りしているからだ。

 素晴らしい気持ちに反して身体が思うように動いてくれない…経験値が足りないのだ。先輩たちは周辺のダンスバトル・練習など3〜4年以上の研鑽を積んでいる。踏んでいる場数が違う。そんな中でやはり初めての空気、重圧の中で自由に自分らしくあり続けることは難しいことだろう。

 

 たまの順番が来た時、そんな2年生達を見ていた僕は、「たまも同じように緊張しているだろう…」と思っていた。案の定、目を見開き、そして、身体はこわばっているように見えた。

 しかし、それは彼の決意の現れでもあった。

 

 

4 心はクールに、身体はホットに

 たまは想像以上に善戦していた。
 緊張していた身体は、未熟なダンスではあるが、確実に音楽と共にあった。”緊張することは悪いことではない”あるアスリートの言葉である。適度な緊張は、自分自身のパフォーマンスを高める。気持ちと身体が一体となっていた。目の前の相手に熱意をむき出しにしながらも、自分の背伸びしない程度に踊っていた。

 見据えるのは選抜させることである。特異な環境、会場の雰囲気…飲まれる同輩たちを横目にしっかりと自分のダンスを踊りきった。

 

 この時点ではかなり有望である。残りの試合に命運は託されていた。

 

 POPPIN全員が踊り終えた時…僕自身は4人のメンバーは確定のように見えた。しかしながら、あと1人が誰になるのかは、ジャッジのみが知るような状況だった。

 上級生の気持ちも…下級生の気持ちも知っていた。全員が選ばれればいいのかもしれない。それは叶わぬことだ。あと1人がどうなるのか?それは何かの到来を予感させる期待であったかもしれない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 結果発表が始まると、会場は静寂に包まれた。

 名前が呼ばれて行く度に一喜一憂が繰り広げられる。涙を流すものもいた。当然のことと胸を撫で下ろすものもいた。そんな中、最後の一人に”たま”の名前が呼ばれたのだった。

 

 この時、僕は”たま”と落選した3年生の顔を見た。どちらも放心しているようだった。

 

 予選会が終わり…会場の撤収が始まった。

「俺、納得出来ないですよ!」

 3年生が俺に近づいて、そう言った。かなり怒っているようだし、結果に対して不満もあったのだろう。

「じんべえさん、どう思います?」

 4年生も自分に近づいて、そう言った。

 

 誰がどう不満をこぼそうが、それは”決まった”こと。そして、今回の件に関して僕自身が口を挟むことは出来ない。

 選ばれた者は、選ばれた重みを感じ、そうして、闘わなければならない。
 選ばれなかった者は、選抜された者に対して気持ちを託さなければならない。

 それがこの闘いの目的なのだ。

 撤収しつつも…後輩たちから話を聞く。アドバイスや気持ちのケアをする。それが会場にいた先輩の役目だと思った。出来れば全員と話をしたかった。選ばれた者に祝福を、そして、落選した者に心のケアを。それが今後の左右するこだった。

 

 ”たま”に声をかけてみると、まだ放心しているように見えた。
 すぐに帰らなければならないと言う。話も出来ていないし、彼とは話をしなければならないと思った。EXAの先輩ではないし、POPPINも彼には伝えることをしていなかったかもしれない。しかし、Def Fectの先輩として、選ばれた彼に祝福を伝えたかった。そして、彼の”放心”した心を取り戻すべきだと思った。

 

 彼を途中まで車で送り届けることにした。

 ここで本当のことを書くが、その日は宇都宮で用事があり、彼を送ることによって

 反対方向の道へ行く。しかし、それ以上に話を聞いてみたかったのである。

 

 ”たま”を助手席に乗せて、彼の家の方角へ。

「今日は…お疲れ様」

 なんて、社交辞令を交えつつ、彼と話をした。たまはいつもように礼儀正しく受け答えをしてくれた。しかし、彼の本心はどこか遠くにあった。少しずつ、彼の心に踏み込んでいく。心がどこなのか?何を考えているのか?

「俺、選ばれてよかったんですかね?」

 彼の家の近くになった時に、吐き出すように彼はそう呟いた。3年生から奪い取った席。それは誇らしいものでもあったが、優しい彼には重いものであったかもしれない。

「選ばれてよかったと思うよ。それを言ってはいけない」

 自分は、そう返した。闘いは勝敗がつく。1か0かの闘いでなくても、自分の心が敗者か勝者を決める。自分で勝ち取ったものに、自信と誇りを持ってほしかった。

 

 自分がそう諭すことに意味はなかったのかもしれない。EXAの先輩たちや仲間たちが彼を支え、誇りを取り戻してくれるかもしれない。しかしながら、最も年齢を経た者として、そして、最古からDef Fectを見た者として、彼を勇気づけたかった。自分の言葉は重い。だからこそ、憂いをなくす力があると思った。

 

 彼は静かに頷き、自分自身のことを確かめるように「がんばります」と言った。

 それでいいのだと思う。彼を送り届けた時に、その仕事は終わった。

 

 

5 その後

 選考会が終わり、各人がそれぞれの目標に向かって進み始めた。

 選抜されなかった2年生たちは、”来年”を見据えていたし、選ばれた者たちは決戦にむけて練習を続けた。初めての開催ということで気持ちを引きづった者もいた。そういった者たちのケアは先輩たちが行動していた。

 

 ”たま”たちの選ばれた者たちもルーティーン作りに励み、様々なことを試していったようだ。

 

 「下克上」それは、闘いの一端にしか過ぎない。次の闘いが、僕らを待っている。そうして、次の闘いでは、己が下克上されるかもしれない。選考会というシステムにおいて、常々起こることになるのだが、互いの研鑽が進むきっかけになったと今は考えている。

 

 決戦当日、”たま”は十分に力を発揮した。その年のPOPPINはまた勝利を収めることになった。来年の選考会が楽しみになった瞬間である。

youtu.be

 

 自分自身、下克上されたことは何度かある。
 それは、一般のダンスバトルのイベントでのことだ。負ければハラワタが煮えくりかえるほどの怒りと後悔を得る。しかし、選考会という場での下克上はそんなマイナスの気持ちをはらみつつも、次につながる何かではないかと思うのだ。

 そんなある意味、気持ちのいいものを与えてくれる選考会が自分の時になかったことが少し悔しいように思う。

 

 ”たま”たちは次の世代の執行部となり、新たなDef Fectの時代を創った。同年代たちが火花を散らしたからこそ、昨日の敵は今日の盟友となったのではないかと今では考えるのだ。

 

 これからも「下克上」は続いていくだろう。その中に様々な気持ちを含めながら…

 

 

 

 
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*1:じんべえは顔も老け顔で年齢も上のため、初対面では緊張して話されたり、萎縮されることが多かった。